先日、心理学の研修でこんなワークをやりました。

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あと24時間の命だとして、
これだけは、どうしてもみんなに伝えておきたい
と思うことをプレゼンする

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私のプレゼンはこうでした。

私は、綺麗事だと思われるかもしれないけど
誰からも愛されていない人なんていない
ということを伝えたいです。

カウンセリングを学ぶと
幼少期の親(保護者)との関係で傷つき、
人生に困難を感じている人が多い。

でも、愛し方を知らない人ほど
傷ついているということ。

綺麗事だと思われるかもしれないけど、
これは事実だと思っています。

私のことを話します。

昔、私(と母)は、父からの愛情を
猛烈に欲しがっていました。

愛情をくれない(と感じている)父を
強烈に責めていました。

人間の心がないのか?
なぜ人の気持ちが理解できないのか?

おまけに父は神経症やうつ状態がひどく
母は病弱でしょっちゅう寝込んでいました。

もちろんいい時もたくさんあったし
愛情が全くなかったわけではないんです。

ただ、ジェットコースターのように
いつ荒波がやってくるか分からない日々だった。

そんな家庭環境で
いつもビクビクと人の顔色を伺い、空気を読み、
親の悩みを聞き、なぐさめ、励まし、
すっかり透明な存在となった私は
やがて20代でメンタルが崩壊しました。

入院先の精神科医に、
生まれて初めて父親のことを全部話したんです。

それまで、一人っ子で全部を一人で抱え、
友達にも言えなかった。

その時、精神科医が言ったことは
「お父さん、アスペルガーの傾向があるかもしれないね」
ということ。

「社会人ができているなら言わなくていい」
「お母さんにも言わなくていい」
「あなた、よくここまで頑張って生きてきたね」

私は呆然としました。
母には言ったほうがいいと思い言いました。

本当にアスペルガーだったかどうかは分かりません。
当てはまるところは確かにものすごい多かったけど
当てはまらないところもあった。

でも、それから私と母は、
父から愛情をもらおうとしなくなりました。
期待しなくなったんです。

すると、父はすっかり穏やかさを取り戻しました。

私が感じたのは
父はどうしていいか分からない
なんで責められるのか分からない
だから感情が爆発する

つまり、
ものすごく辛かったのではないかということ。

そして、
私たちを愛していないのではないということ。

私は自分を責めました。

「なんで、もっと早く発達障害のこと知っていれば」
「なんで、あんなに父を責めてしまったのか」

穏やかさを取り戻して4年ほどで、
父は病気で他界してしまいました。

もっと愛したかった。
もっと恩返ししたかった。
もっと罪滅ぼししたかった。

亡くなる直前、父は緩和ケアで自宅にいました。

意識朦朧と息絶えそうな瞬間、
私は父に寄り添って、耳元で言いました。

「お父さんの娘で幸せだったよ、ありがとうね」

なぜ、そんな言葉が出たのでしょう。

私は父との関係で悩んだことを通して
コミュニケーションを諦めないということを学んだ。
人を受容するということを学んだ。
人を愛するということを学んだ。

それは、これからの私の人生で
偉大な道しるべとなるでしょう。

「お父さんの娘で幸せだったよ、ありがとうね」

それを聞いた父は、安心するかのように
スーッと息を引き取りました。

正直、罪悪感が完全に無くなったかといえば
そうではありません。

でも、私は、自分と他者を受容すること、
愛することを拡大していくことを通してしか、
罪滅ぼしも、恩返しもできないと思っています。

だから、
私は「癒す人」としての道を進んでいきます。
ヒーローズジャーニーを歩んでいきます。

綺麗事かと思われるかもしれないけど、
私があと24時間の命だったら伝えたいこと

それは、誰からも愛されていない人なんていないよ
ということ

綺麗事だと言われても
強い心でそう信じて伝えたいです。

以上

あなたは、あと24時間の命だったとしたら
何を世界に伝えたいですか?

愛を込めて

kana